教会の暦から

聖霊降臨節

教会暦2018

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イエスさまが死からよみがえられた復活祭(イースター)から50日目(今年は5月20日)が、聖霊降臨日(ペンテコステ……ギリシャ語で50番目という意味)です。

この日、イエスの弟子たちが集まっているところに、天から聖霊(せいれい)が降りてきて、弟子たちは、それまで知らなかった他国の言葉で語り始めた、と言われています。

 新約聖書「使徒言行録」2章1節以下が、「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」と伝えています。

 すでにイエスさまご自身は天に昇られ(つまり、目に見える形では地上におられなくなり)、地上には弟子たちだけが残され、しかも弟子たちはイエスさまから「全世界にわたしの教えを伝えなさい」と命じられていたのですから、さぞや弟子たちは「どうしたものか」と困っていたのではないかと思います。そこに、神の力、神の働きを伝える聖霊が遣わされたことによって、弟子たちは、イエスさまの教えを伝える力を与えられたことでしょう。しかも、自分の知らない言葉で語ることさえできた、ということは、これからイエスの教えが、全世界に伝えられて行くことを象徴しているように思います。世界中にキリスト教が伝わり、教会が形作られる基になったということから、聖霊降臨日は「教会の誕生日」と言われることもあります。

聖霊は、今も私たちの世界の中で働いています。その科学的実体は不明ですし、聖霊をどのようなイメージでとらえるかは、キリスト教信徒の中にもいろいろな考え方があるのだと思いますが、私たちの日々の生活が神によって支えられ、助けられ、神の力が確かに働いておられることを感じるとき、私たちは聖霊の働きをそこに感じているのです。

〔いくつかの箇所で,ホームページ担当の一信徒の考えを書かせていただきました。〕

日本人は、とても宗教心豊かな民族だと言われます。ご先祖様、故郷の自然、稲などの作物、動物……。いろいろな物の中に、私たちを優しく包み、見守ってくれる神様・仏様を感じ、私たち生きている人間とこれらの神仏とが互いに“大切に思うこころ”でつながっている、という感覚でしょうか。いろいろな神仏がおられますから、どういう時にはどの神仏とつながれば良いのか、気配りも必要です。日本社会の縮図ですね。
ところが、たとえばブラック企業のように、私たちに対して“大切に思うこころ”を持たない者が現れたとき、どの神仏に頼みに行けばよいか、わかりません。世界全体が再び“大切に思うこころ”でつながり合って「和」の状態に戻るまで、ただ待つしかないのです。自然災害が起きたときも、弱者切捨ての政治が行われたときも、同じです。
キリスト教は、一人の神様が私たちと会話してくださいます。この神様は、「私はあなたたちを愛している」、「あなたの助けを求めている人を愛し、助けなさい」と語り続け、この言葉にできるだけ従おうと決心した人たちを助けてくださいます。仲間と協力してブラック企業と闘う方法も見つけさせてくれます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」という聖書の言葉は、見守るだけではなく、はっきりとご意志を示してくださる神様だからこそ言えることだと思います。
キリスト教も、ご先祖様、自然、動植物なども大切にします。神様が創られたものだからです。その神様の力が、“聖霊”として感じられ、前向きの力を私たちに与えてくれるのです。(これも,ホームページ担当の一信徒の考えです。)