教会の暦から

もうすぐクリスマス―待降節(たいこうせつ)

 キリスト教会の暦は,クリスマス(12月25日)の前の4回の日曜日から始まります。今年は,12月2日がこの最初の日曜に当たり,ここからクリスマスまでの間を「待降節」(アドベント)と呼んでいます。
 神様は,お互いに愛し合い,他の生き物やこの世のすべてのものを大切に扱って欲しいと考えて,人間を造られました。ところが,中途半端な知恵をもつ人間は,互いを憎み,殺し合い,地球上の生き物や環境を台無しにする罪を犯すことになります。神様は,ご自分が人間を造ったことを後悔して,人間を滅ぼそうとされたこと(たとえば,ノアの大洪水)もありますが,憐れみによって,滅ぼし尽くすことはされませんでした。
 それでも罪を犯すことを止めないのが,人間です。遂に神様は,ご自分の“子”といえる方を人間としてこの世界に送り,神様の心を人間に伝えさせることになさいました。この子が,イエス・キリストです。イエスさまが語る言葉を信じ,神様の心を受け入れる人たちは,その罪を(ゆる)そう。そう考えた神様は,イエスさまを贖罪(しょくざい=罪をあがなう)の生け贄(いけにえ)として十字架上で死なせることまで,決意されたのです。

 このように,教会にとってクリスマスは,私たちの罪の赦しのためイエスさまがこの世に送られて来た日として,喜びに満ちた日であると同時に,イエスさまが私たちの罪のため死なれたことを思い出し,悔い改めをもって過ごす時でもあるのです。。

〔いくつかの箇所で,ホームページ担当の一信徒の考えを書かせていただきました。〕

日本人は、とても宗教心豊かな民族だと言われます。ご先祖様、故郷の自然、稲などの作物、動物……。いろいろな物の中に、私たちを優しく包み、見守ってくれる神様・仏様を感じ、私たち生きている人間とこれらの神仏とが互いに“大切に思うこころ”でつながっている、という感覚でしょうか。いろいろな神仏がおられますから、どういう時にはどの神仏とつながれば良いのか、気配りも必要です。日本社会の縮図ですね。
ところが、たとえばブラック企業のように、私たちに対して“大切に思うこころ”を持たない者が現れたとき、どの神仏に頼みに行けばよいか、わかりません。世界全体が再び“大切に思うこころ”でつながり合って「和」の状態に戻るまで、ただ待つしかないのです。自然災害が起きたときも、弱者切捨ての政治が行われたときも、同じです。
キリスト教は、一人の神様が私たちと会話してくださいます。この神様は、「私はあなたたちを愛している」、「あなたの助けを求めている人を愛し、助けなさい」と語り続け、この言葉にできるだけ従おうと決心した人たちを助けてくださいます。仲間と協力してブラック企業と闘う方法も見つけさせてくれます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」という聖書の言葉は、見守るだけではなく、はっきりとご意志を示してくださる神様だからこそ言えることだと思います。
キリスト教も、ご先祖様、自然、動植物なども大切にします。神様が創られたものだからです。その神様の力が、“聖霊”として感じられ、前向きの力を私たちに与えてくれるのです。(これも,ホームページ担当の一信徒の考えです。)